Tuesday, January 30, 2007

感謝というモチベーション

一瞬、メールアカウントのコンタクトリストを消失して、何を書くか忘れました。そして思い出しました。私だいたいブログに書きたい事って、電車の中とか、道を歩いている最中とか、お茶飲んでるときとかに思いつくから、すぐにメモしないと忘れてしまう事多々。今から書く事もぼんやり考えていたこと


先日、後輩にインタビュー記事を書いてと頼まれて、私の留学の動機から、就職するにいたるまでの経過をこまごまと書いていて、ふと昔のことを思い出したのです。ちょうどアメリカに留学する事を決めるとき、過去のブログでも何回か書いていますが、小学校からの男友達が事故で死んだということがありました。当時は、すごく言葉にならないショックで、「このショックは時間が経っても色あせさせない。」と誓うくらいショックでした。


それからもうすぐ8年。
アメリカに来て7年目。もちろん彼が死んだ事は毎日考える事はなくなったし、ショックというよりは、懐かしいといったら間違いだけど、「ありがたい」という気持ちが上回っていることに気がついたのです。当時はもちろん近くで死んだ人なんてそれまでいなくて、「死ぬ」っていうコンセプトも分かってなかったし、「なんで?」ということだけがぐるぐる頭を回ってた。ぐるぐるぐるぐる。どこに疑問をぶつけていいのか、よく分からなかった。よくある表現かもしれないけど例えれば草原に咲いていた黄色いたんぽぽが、いきなりなくなって、どこに焦点をあてていいのか分からなくなったっていうか、そういう感覚。


少し時間が経って、彼の死は私のアメリカへくるモチベーションにつながり、現在までいたり心のささえとなってきたのです。8年も経つと、それはショックやなんで?という気持ちではなくて、ゆっくり感謝の気持ちに変わってきたんだと思います。「明日死ぬかもしれないんだから。」そういう気持ちに直面して、生きているということの価値観を改めて身に付けた自分だからこそ、今があると思うのです。あのとき、それほどに自分が生きているということを噛み締めるようなできごとがなかったら、私の生き方は全く変わっていたと思う。だから今は彼がいなくなったというショックよりは、彼の存在が自分と生きてきて、生きてこられたことに感謝というか。


感謝という気持ちは大きなモチベーションだと思う。
ご飯が食べられてよかった、ありがたい、と思えばとてもおいしくご飯が作れたり、食べれたりするし、自分のしている仕事が感謝されれば、次回はもっとがんばろうと思えるし、自分が生きてて良かったという感謝の気持ちがあれば、明日をもっと楽しく生きられる気がする


もっと色々なことに対して感謝の気持ちを大事にして、感謝されるような毎日を過ごせばけっこういいんじゃないの〜。(楽観)と、プラス循環の人生はこういう風に成り立って行くと思うわけです。身の回りにある当たり前のようなことたちに、感謝。

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