Saturday, March 24, 2007

桜のある景色



Cherry blossom branches at the office. We bought them for our news. It has just bloomed in the vase, looking down Manhattan city! I thought it's funny scenery and also cherry blossom can be beautiful with any background!


ほぼ日のおとなの小論文がすごく好きで、よく読む。昔から自分の言いたいこととか心境に重なることが多くて、大ファン。以下最近共感した文章。

「アイデアなり、原稿なり、
出しても、出しても、「はい、また次」の、
アウトプットの日々は、
さながら日に一個しか卵を産めないニワトリが
それ以上を生み続けているようなもので。

出しても、出しても、次また出して……の、そのあげく、

ふいに友人にコメントを求められても、
言葉が出てこない、もうアウトプットするべきものが
何もない、というような感覚に襲われた時期があった。

じゃあ、あのとき、空(くう)だったかと言われれば、
そうではない。

そんな状態でさえ自分の中でたまっていくものはある。

不思議なもので、
どんなにアウトプットしすぎだろうと、
その消耗なり、不安なり、憤りなり、
それはそれで、また別のものがたまっていく。

自分でもそれに気づいて、
「いっそ出すべきものがないならこれを出そうか」
ともおもったのだが、
いままで自分が訓練してきた方向と
違う筋肉が要る感じがして、
出し方がわからず、出せなかった。」 (ほぼ日 山田ズーニー)



私の仕事も毎日アウトプットしていく仕事なので、この気持ちがすごくよく分かる。言いたいことじゃなくても言わなくちゃいけない、面白いことを常に探さなくちゃいけない、言いたいことが言えない。メディアの仕事をしているとそんなジレンマの毎日。インプットの量も多いけれど、だからといって必ずいいアウトプットが毎日出せる訳ではない。

だから、こういうプライベートな表現のアウトレットは私にとっては大事だし、だけど社会人になってからというもの、誰が見てるか分からないこういう公の場では書けないこと、書きたくないこと、考えてから書くことがすごく多くなっちゃった。だから、これを書いていても消化しきれないことが増えた気がするし、人の文章を引用したり、写真を載せることも多くなった。(笑)

でもそれじゃつまらんと思うわけですよ。やっぱり正直に弱みが話せたり嫌なこと言えたり、くだらないことを書いたりそれが文章って面白いと思う。ありきたりの表現で自分の感じていることを書いても、ぐっとこないんだよね。今日は楽しかった、とか空は絵の具みたいに青かった、とかそれじゃだめなんだよなぁ。ディテールが自分らしくあること、言葉が着実に自分から産まれたものでないと、説得力も面白味もあらず。

アウトプットするのに怠けるのってすごい簡単で、疲れてるからとか、時間がないからとか。でもやっぱりそうやって怠けてアウトプットしてると、底にある表現の衝動っていうのは消化されないもんなんだなあと、最近思うわけです。

なんか社会人とかなって、みんなパソコンとかmixiとか使うようになって、誰が読んでるか分からないブログを続けるのはだるいと思うこともあるんだけど、基本最初は自分のため&周りの友達にやりはじめたことだから、最後はそこにたどり着いてやめられない。文章って正直に書いたら自分さらけだしてるようなもんだから、大人になるにつれてそれが怖くなってきているなと思う。どういう風に人に読まれてるかとか。いいこと書かなきゃとか。変な打算が働いたりして。(笑)

先に引用したズーニーさんの文章を読んで、「あー、やっぱ消化しきれるアウトプットをしてないな。」と再認識したのでこれからはもうちょっとリラックスして書きたいなー。春だし。外あったかいし。ルースな感じでさ。

2 comments:

Anonymous said...

相変わらず、いい写真撮りやがる・・・

saknak said...

そんなこと言われたらうれしいわー!狭い行動範囲でなんとか写真とってます、ってかんじ。(笑)